九州一周の旅 1日目(後編)

後編も盛りだくさんで、やはり二つに分けてよかった。時間的には前編と後編で連続しているけど、内容的にはがらっと変わっているので、別にどちらから読んでもいいと思います。

まずは、博多から長崎まで特急で移動。指定席が1両(半分グリーン)、自由席が4両という構成からか、自由席は終始空いていた。指定席は満席だったとのこと。ここで1時間ほどの睡眠時間を確保。

長崎には8時頃到着。9時半から空く施設に用事があって、それまで時間があったのだが、長崎歴史文化博物館が8時半から開くということで、そこに行く。ちょうど坂本龍馬関連の展示をやっていて、それでからか来館者がかなり多かった。私は坂本龍馬にはあまり興味はないのだが、とりあえず、龍馬についての展示と常設展を見る。常設展はそれなりに見応えがあった。江戸時代からの長崎の特殊性を改めて知る。

長崎からは諫早に移動する。長崎で昼食をとりたかったのだが、店が早い時間だったため開いていなくて、駅弁を買って特急車内で食べた。諫早からは島原鉄道に乗る。島原鉄道は多以良町から島原外港が未乗だった。まずは島原まで移動。急行列車で、ほどよい程度の乗車率だった。

島原に着くと、駅のコインロッカーに荷物を預けて島原城まで移動する。歩いて10分弱くらいか。その入口で自転車を借りることができる。島原に着いた頃は若干雨が降っていて、自転車はきついかと思ったのだが、晴れ間がでてきたので借りることにした。果たして、雨はその後は降らなかった。1時間150円で安い。3時間借りた。

まず、南島原市の入口にあたる道の駅みずなし本陣ふかえへと向かう。単に南島原市に足跡を残したい、というだけのことだったが、ここには、雲仙普賢岳噴火の土石流で埋まった家屋が保存されており、圧巻であった。屋根を残して、そこから下は土砂に埋まっているのだ。屋根についた「朝日ソーラー」も生々しい。自然の猛威を知るためにも、見ておいてよかった施設であった。

その後、島原鉄道の廃線後も残っていそうだったので、そちらにも行ってみる。普賢岳の噴火から再生を果たしたものの廃線したということで、割と新しい路盤がまだ残っていた。

後は、島原市中心部に戻って市内にいくつかある湧水を見たり、鯉の住むまちなる鯉が泳いでいる場所を見たり、かんざらしというデザートを食べたり、足湯に入ったり、武家屋敷を見たり、とけっこう島原でやることはいろいろあった。3時間でちょうどよかった。

自転車を返して、島原駅に戻って、島原外港行きの列車に乗る。諫早から乗ってきた列車は島原で降りる人はおらず、乗客も2人だけだった。島原まで乗ってきたときとは打ってかわって、寂しい。その2人も次の島鉄本社前で下車して、島原外港まで行ったのは1人だけだった。ただ、島原外港から島原港までは近い。島原港は熊本、大牟田を結ぶ航路が残っていて、島原半島の主要港となっている。そのアクセスのための鉄路を何も無くすことはないだろう。ただ、その先を残すことは、やはり難しかったのかもしれない。

島原からは一気に船で熊本に渡る。実は把握していなかったのだが、島原と熊本を結ぶ船を運航している会社は、九商フェリーと熊本フェリーがあり、前者のほうが安いが、後者のほうが所要時間が短い。今回は熊本フェリーに乗る。というか、九商フェリーのほうの存在を認識していなかった。まさか二社が運航しているとは思わなかったもので。熊本港の工事かなんかの影響で定刻より10分くらい遅れるというのは事前周知のとおりだった。

熊本港について熊本駅までバスに乗って、その後ホテルまで移動。今日は熊本で泊。

昨日の朝6時に起きてから38時間くらい戦っていたので(昔、24時間戦えますか、というCMがあったのよ)、あまり旅先ではお金を使って飲み食いしないのだが、今日の夜はちょっとお金を使って飲むことにした。馬肉推しの店だったので、馬肉を食べた。

島原で撮った写真を載せておきます。

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