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かつて新発田から東赤谷まで国鉄赤谷線が通っていたが、東赤谷の先、赤谷鉄山まで鉄道が通っていた。やがて1957年から冬期も運行可能になるように610mm軌間の軌道を新規に敷設して運行、インターネットで調べた限りだと1998年まで運行していたとのこと。国鉄赤谷線の廃止後も運行していたことになるが、鉱山は1977年に廃止されるも石灰石は1998年まで採掘していたというので、その輸送を行っていたのかもしれない。鉄道だったり軌道だったりしたので、ここでは赤谷鉱山専用線跡としてまとめた。
ストリートビューでは、東赤谷駅跡から赤谷鉱山専用線の跡をたどっていく。まず東赤谷駅跡だが、現時点ではこの痕跡らしきものが目にできない。進む道はありがちな田舎道が続いていく。進んでいくと関係者以外通行止めの側道があり、生コン車が30分おきに通行するという。本道もその先は雨量が多いときは通行止めとなっている。その先の右側に未舗装の道っぽいものがあるが、それが鉄道の跡かと思う。進んでいる県道は軌道跡となる。その先にあるのが東赤谷連続洞門で、軌道化する際に雪から守るために造ったスノーシェッドとなっている。ここがSNSで話題、らしい。中には信号がついているほど長い箇所もある。そこを過ぎてしばらく行ったところに加治川を渡る橋があるが、その右側には鉄道線の鉄橋跡が残されているのが見える。橋の先で道が二股に分かれており、左側が加治川治水ダムに通じ、右側は赤谷鉄山駅跡に通じている。赤谷鉄山駅跡も駅の遺構かどうかもわからないコンクリートの塊があるくらいで、あとは自然に還っている。