読書一覧

宮脇俊三「ローカルバスの終点へ」寺川

宮脇俊三著「ローカルバスの終点へ」の精読企画。1987年から88年に書かれた記述内容が2022年現在どうなっているのかを中心に記していく。基本的に月末更新。今回は寺川(高知県土佐郡本川村)。
本川村は2004年に合併して今ではいの町になっている。本書では、大杉駅から本山、田井、日ノ浦、長沢と乗り継いで寺川に進んでいる。大杉から田井行きのバスに運行されているので一般的には本山で降りる必要はないのだが、宿泊するために降りている。大杉駅周辺には宿がなく、田井には旅館が現存しているが、何らかの事情があって本山に泊まることになったのか。氏が宿泊した高知屋旅館は今も営業している。当時は大杉から田井までは高知県交通が運行していたが、現在は嶺北観光自動車が運行している。田井以西、長沢までの路線を嶺北観光自動車が運行しているのは当時と変わらない。そして、長沢から寺川に行くバスは廃止されている。寺川という場所はGoogleストリートビューや衛星写真で見る限りでは本当に小さな集落である。いつ廃止されたかは不明だが、わりと最近まで運行していた模様。また、いの町営バスとして運行していたという情報もある。
私は2010年に高知市内から入って長沢から田井までバスを乗り継いだが、このときは長沢から大川局前行きのバスに乗り、大川局前から黒丸から来た田井行きのバスに乗った。現在もそれに近い乗り継ぎが可能になっている。


宮脇俊三「ローカルバスの終点へ」鹿老渡

宮脇俊三著「ローカルバスの終点へ」の精読企画。1987年から88年に書かれた記述内容が2022年現在どうなっているのかを中心に記していく。基本的に月末更新。今回は鹿老渡(広島県安芸郡倉橋町)。
倉橋町は2005年に呉市に編入されている。当時は呉市営バスが呉駅から鹿老渡までの路線を運行していた。まず呉市営バスが2012年に事業を終了しており、路線は広電バスが受け継ぐこととなった。呉から旧倉橋町に行くバスの終点は本浦の少し先の桂浜・温泉館となっている。この近くに呉市役所の倉橋支所がある。桂浜・温泉館より先は倉橋地区生活バスが鹿老渡を経て当時倉橋町営バスが通っていた鹿島まで通っている。釣土田から添乗員が乗ってきて険路の宇和木峠越えで指図する様子が書かれているが、1995年に宇和木トンネルができて、添乗員の乗車が必要ではなくなったものと思われる。
鹿老渡で氏が宿泊した民宿宮林旅館であるが、現在は宿の営業は行っていないが、日向の藩主が参勤交代の折に宿泊したということで旧跡として残されている。


宮脇俊三「ローカルバスの終点へ」沖泊

宮脇俊三著「ローカルバスの終点へ」の精読企画。1987年から88年に書かれた記述内容が2022年現在どうなっているのかを中心に記していく。基本的に月末更新。今回は沖泊(島根県八束郡島根町)。
島根町は2005年に松江市と合併している。本書には沖泊には松江から東回りと西回りの二つの路線がある、という記述がある。氏が乗車した西回りは旧鹿島町の講武を経由する路線で、東回りは旧島根町の中心である加賀まで直接行く路線かと思われる。現在は、東回りが旧鹿島町の御津止まり、西回りが加賀の潜戸観光遊覧船乗り場があるマリンプラザ前止まりとなっている。要するに、松江からのバスは沖泊までは行かない。沖泊までは松江市の島根コミュニティバスが通じている。マリンプラザ前から沖泊まで行くバスはけっこう本数があるのだが、御津から沖泊に行くバスの本数は平日のみ1日1本である。そういう意味では御津乗り換えにはなるが「西回りの沖泊行は一日一本のみ」は変わらないことになる。ただ、御津からマリンプラザ前で更に乗り換えれば、1日3本にはなる。土日祝日は御津から旧島根町に行くバスは運行していない。なお、コミュニティバスは沖泊を経由して野井、笠浦まで行く路線となっており、沖泊はローカルバスの終点ではなくなっている。
当時は沖泊には民宿が四軒あったそうだが、今ではなさそうである。集落と少し離れた場所にマリンパーク多古鼻というバンガロー施設があり、そこでの宿泊が可能である。


宮脇俊三「ローカルバスの終点へ」吹屋

宮脇俊三著「ローカルバスの終点へ」の精読企画。1987年から88年に書かれた記述内容が2022年現在どうなっているのかを中心に記していく。基本的に月末更新。今回は吹屋(岡山県川上郡成羽町)。
成羽町は2004年に高梁市と合併している。また、吹屋は1955年までは吹屋町であった。私も2014年に吹屋を訪れているが、その際はバイクを使って行った。今でも観光地として成り立っている。高梁から吹屋への備北バスは現在も健在で、1日3往復(平日は吹屋から高梁のみ4本)と、当時と変わらない。所要時間は58分となっている。
氏が宿泊した吹屋山荘は現在は存在しないようである。ただ、ラ・フォーレ吹屋という吹屋小学校を模して造られたホテルを始め、いくつか宿泊施設がある。他の宿泊候補として書かれていた延命寺は、現在は精進料理が堪能できる寺として紹介されている。この寺は吹屋の中心地からは離れた場所にある。氏は夕食を食堂で食べているが、現在の吹屋では夕食の時間帯に営業している飲食店はなさそうである。


宮脇俊三「ローカルバスの終点へ」田歌

宮脇俊三著「ローカルバスの終点へ」の精読企画。1987年から88年に書かれた記述内容が2021年現在どうなっているのかを中心に記していく。基本的に月末更新。今回は田歌(京都府北桑田郡美山町)。
美山町は2006年1月に合併して南丹市となっている。本書では京都駅から周山までを西日本JRバスで、周山から安掛までを同じく西日本JRバスで、安掛から田歌までを京都交通のバスで乗っている。このうち、京都→周山の西日本JRバスの路線は健在である。周山→安掛→鶴ヶ岡の西日本JRバスは1994年に廃止となり、美山町営バスに移管、現在は南丹市営バスが運行している。ただし、周山から鶴ヶ丘まで行くには、宮脇で乗り換える必要がある。周山から安掛まで直通するバスもない。旧美山町内からの移動としては、京都市となった周山よりも同じ南丹市内の日吉へが便利となっている。そして田歌までだが、まず京都交通が2004年に倒産している。主に舞鶴を中心としたエリアを別法人の京都交通が、亀岡を中心としたエリア京阪京都交通が引き継いでいる。ただ、旧美山町エリアは南丹市営バスが引き継いで運行している。日吉から宮脇、安掛を通って「中」集落の旧知井小学校前まで行く路線がある。当時は小学校があったが、”旧”が示すとおり2016年に廃校になっている。田歌までは旧知井小学校始発のバス路線が通じているが、終点が更に先に佐々里になっている。本書に軽便鉄道の記載がある芦生も経由する。軽便鉄道は走っていないようだが、軌道は残っているようだ。
氏が宿泊した知井口近くの旅館枕川楼も健在である。旅館のホームページもあるが、本書にも書かれている通り、わりと高級な旅館である。また「北」集落の茅葺き屋根は現在も残されて、観光資源となっているようだ。


宮脇俊三「ローカルバスの終点へ」大杉

宮脇俊三著「ローカルバスの終点へ」の精読企画。1987年から88年に書かれた記述内容が2021年現在どうなっているのかを中心に記していく。基本的に月末更新。今回は大杉(三重県多気郡宮川村)。
宮川村は2006年に大台町と合併している。三重交通のバスは松阪から三瀬谷まで行くバスが大杉線として残っているものの、三瀬谷から大杉に向かうバスは1999年より運休状態になっている。代わりに宮川村営バス→大台町営バスが道の駅奥伊勢大台・三瀬谷駅から大杉までを運行している。毎日一日5往復なので、平日に限っては当時より本数が増えたことになる。他に区間便等があるので、三瀬谷から旧宮川村まで行くバスはけっこう本数が多い。
氏が宿泊した西村屋は現在は閉業しているようである。大杉にあった美杉旅館もGoogleマップには登録されているが、実際は営業していないようである。宮川ダム湖の遊覧船は健在だが、ホームページを見ると臨時休業中と書いてある。実はこの船には登山目的で乗ったことがある。


宮脇俊三「ローカルバスの終点へ」祖母ヶ浦

宮脇俊三著「ローカルバスの終点へ」の精読企画。1987年から88年に書かれた記述内容が2021年現在どうなっているのかを中心に記していく。基本的に月末更新。今回は祖母ヶ浦(石川県鹿島郡能登島町)。
能登島町は2004年に合併し七尾市となっている。能登島交通の祖母ヶ浦に行くバスは健在ではあるが、七尾から直行するバスは全便がのとじま水族館があるのとじま臨海公園まで行くようになり、祖母ヶ浦へは島内で乗り換えとなる。また当時は七尾波止場が始発でその後、七尾駅前(実際は駅から少し離れている)を経由して能登島へ向かっていたが、現在では能登総合病院が始発で、七尾駅前、七尾波止場に至近距離の食祭市場を経由して、能登島へと向かっている。七尾から能登島・大橋駐車場までのクローズドドアも、北陸鉄道→七尾バスが七尾~和倉温泉間の路線から撤退したことで、廃止されている。
氏が宿泊した民宿の堀井は健在で、Webサイトまである。さすがに代替わりはしているが、店主と女将の写真まで載っている。


宮脇俊三「ローカルバスの終点へ」濁河温泉

宮脇俊三著「ローカルバスの終点へ」の精読企画。1987年から88年に書かれた記述内容が2021年現在どうなっているのかを中心に記していく。基本的に月末更新。今回は濁河温泉(岐阜県益田郡小坂町)。
小坂町は今は下呂市になっている。飛騨小坂駅から濁河温泉に行く濃飛乗合自動車のバスであるが、2007年11月を以て廃止となっている。高山と濁河温泉を結ぶ路線バスが運行されていたこともあったが、これも廃止。そして、おんたけ交通が木曽福島駅と濁河温泉を結ぶバスを夏季のみ運行していたが、これも2020年に正式に廃止となっている。すなわち、濁河温泉にバスで行くことはできなくなっている。なお、濁河温泉の手前の湯屋温泉に飛騨小坂駅から行くバスも2020年に廃止になっている。こちらはデマンド小坂という代替交通が運行されている。
本書では予約制なのは鈴蘭高原で乗降する場合であって濁河温泉へは予約なしでも運行する、と記されているが、晩年は鈴蘭高原は経由せず濁河温泉へも予約がないと運行されなかったとのこと。小坂と濁河温泉を日常的に行き来する客がほとんどいなかったのであろう。
その濁河温泉であるが、氏が宿泊を断られて濁河温泉バス停が玄関先にあるという旅館御岳は、ストリートビューで見てもけっこう立派な宿であるが、現在は休業中ということで、去年1月の時点でオリンピックのフランス代表が宿泊する予定なのに未だ休業中のまま、という新聞記事があった。氏が宿泊したという嶽の湯旅館も現在は営業していないようだ。奥のほうに何軒かの宿泊施設はあるが、温泉街に店や飲食店はないようで、わざわざバスを運行しても客は皆無なのだろう、ということは窺い知れた。


宮脇俊三「ローカルバスの終点へ」程野

宮脇俊三著「ローカルバスの終点へ」の精読企画。1987年から88年に書かれた記述内容が2021年現在どうなっているのかを中心に記していく。基本的に月末更新。今回は程野(長野県下伊那郡上村)。
上村は2005年10月に飯田市に編入されている。本書では飯田線平岡駅から信南交通のバスで当時南信濃町の和田まで行き、そこから乗り換えて上村の中心地である上町で行き、翌日程野まで行く、という行程となっている。現在では当地の路線バスは信南交通が自治体から受託して運行する路線となっている。平岡と和田を結ぶ路線バスは平日の朝一日一往復になっているが、予約不要の乗合タクシーも設定されている。また、飯田から1994年に開通した矢筈トンネルを通って、程野、上町を経由して和田に至る路線バスが開通している。そういう意味では、程野はローカルバスの終点ではなくなっている。下栗には予約が必要な乗合タクシーは週二日ではあるが、和田・上町から通じている。
氏が宿泊したますやは現存していなさそうで、それどころか上町に宿泊施設は残っていないようである。飯田からの交通の便がよくなったからであろうか。下栗には民宿やロッジが複数存在する。


宮脇俊三「ローカルバスの終点へ」飯尾

宮脇俊三著「ローカルバスの終点へ」の精読企画。1987年から88年に書かれた記述内容が2021年現在どうなっているのかを中心に記していく。基本的に月末更新。今回は飯尾(山梨県北都留郡上野原町)。
上野原町は2005年に秋山村と合併して上野原市になっている。上野原から飯尾まで行く路線バスは富士急バスとして現存しており、土日休日は飯尾の先の鶴峠、小菅の湯、松姫峠まで延伸されるようになったが、運転本数が当時は6往復だったのが、現在は2~3往復となっている。
棡原には当時は学校があったが、中学校が2008年、小学校が2012年に閉校になっている。今ではそれほど長寿村とは呼ばれていないようだが、ふるさと長寿館という施設がある。また、梅久保バス停近くの長寿食を供する民宿も健在のようである。ストリートビューでも確認できるが、さすがに「ウルトラアイ」の看板はないようだ。