精読一覧

宮脇俊三「ローカルバスの終点へ」九艘泊

宮脇俊三著「ローカルバスの終点へ」の精読企画。1987年から88年に書かれた記述内容が2020年現在どうなっているのかを中心に記していく。基本的に月末更新。今回は九艘泊(青森県下北郡脇野沢村)。
まず、脇野沢村が2005年3月にむつ市に編入されている。JRバスは脇野沢止まりになり、脇野沢から九艘泊までは脇野沢交通という地元の事業者が廃止代替バスを運行している。毎日運行で1日3.5往復。脇野沢でのJRバスとの接続は便によってしていたりしていなかったりする。
氏が宿泊した脇野沢の上星旅館は数年前に閉業したようである。現在でも、脇野沢には何軒かの民宿とユースホステルが存在する。また、九艘泊にあった民宿九艘泊荘は今は存在しないようである。
なお、当時は東北新幹線が盛岡までで、上野を9時40分に発って大湊には15時57分に着いているが、現在では上野を9時14分に出ると大湊には13時59分に着くようになっている。バスを乗り継いで平日であれば15時44分には九艘泊に着ける。


宮脇俊三「ローカルバスの終点へ」大津

宮脇俊三著「ローカルバスの終点へ」の精読企画。1987年から88年に書かれた記述内容が2020年現在どうなっているのかを中心に記していく。基本的に月末更新。今回は大津(北海道中川郡豊頃町)。
そもそも、帯広から豊頃町に行く十勝バスが2011年に廃止になっている。現在は、豊頃町有バス・コミュニティバスが豊頃駅、茂岩と大津を結んでいる。1日2便で、基本的に朝大津を出て、夕方大津に帰ってくるダイヤである。豊頃駅でのJRとの接続を意識した時刻設定となっている。
氏が宿泊した大津に一軒のみある旅館というはまなす旅館であるが、建物は現存するものの現在は営業していないようであった。町役場の大津支所は健在のよう。ついでに書けば、羽田空港から帯広空港まで就航していた日本エアシステムも今は日本航空となっている。現在の羽田~帯広便は、日本航空とAIRDOのダブルトラックとなっている。


宮脇俊三「ローカルバスの終点へ」北二号

宮脇俊三著「ローカルバスの終点へ」の精読企画。1987年から88年に書かれた記述内容が2020年現在どうなっているのかを中心に記していく。基本的に月末更新。今回は北二号(北海道野付郡別海町)。
別海中心部から上春別・北2号まで行くバスは別海町生活バスとして健在である。1日2便も当時と変わらず。平日と土曜日でダイヤが異なり、日曜休日は運休。当時は公民館前から別海駅を経由せずにまっすぐ上春別に向かっていた。現在は中央公民館に近い町立別海病院始発で、別海駅跡地に存在する交流館ぷらとや、別海高校に立ち寄ってから上春別に向かっている。当時の所要時間は不明であるが、現在は町立別海病院から北2号までを52分で結んでいる。なお、別海駅を通っていた標津線は1989年4月に廃線になっている。
氏が宿泊した別海プラザホテルは現存しておらず、現在は別海プラザハウスという別海高校の寄宿施設になっている模様。


宮脇俊三「ローカルバスの終点へ」川白

今月から始める、宮脇俊三著「ローカルバスの終点へ」の精読企画。1987年から88年に書かれた記述内容が2020年現在どうなっているのかを中心に記していく。基本的に月末更新。今回は川白(北海道古宇郡神恵内村)。
岩内ターミナルから川白まで行く北海道中央バスの路線バスは現存している。それどころか、季節運行ではあるが一日二本、川白の先の神恵岬まで路線が延伸されている。そういう意味では川白はローカルバスの終点ではなくなった。そもそも当時は国道が川白までしか通じていなかった。積丹半島がつながる国道が開通したのは1996年のこと。岩内から川白まで行く便も当時は一日二本だが、午前中の便が一本増え、一日三本、川白までバスが至っている。ただし、岩内から当時は赤石まで、現在はその二停先の大森まで行く区間便は、現在は二本減の一日七本になっている。
Google Mapで見ると、現在川白にある宿泊施設は二軒。氏が宿泊した「たかだ旅館」は現存していない模様。また、川白小中学校も1998年に閉校になっている。現在神恵内村の小学校、中学校はそれぞれ一校づつのみ。