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http://www.asahi.com/articles/ASH1Y6GNLH1YPTIL027.html
以前、道頓堀プールについての記事を書いたが、結局計画中止になったとのこと。まあ無理筋な計画だったということでしょう。
なんかこういう現実味が薄いような計画を夢とか希望とかそういう言葉を持ち出して実現しようとするならば、資金面も管理面も全て責任をもった人がいて、その人が全てを賭けて推進しかないと、立ちいかなくなるのだと思う。
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http://www.asahi.com/articles/ASH1Y6GNLH1YPTIL027.html
以前、道頓堀プールについての記事を書いたが、結局計画中止になったとのこと。まあ無理筋な計画だったということでしょう。
なんかこういう現実味が薄いような計画を夢とか希望とかそういう言葉を持ち出して実現しようとするならば、資金面も管理面も全て責任をもった人がいて、その人が全てを賭けて推進しかないと、立ちいかなくなるのだと思う。
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私が管理しているhtmlファイルの文字コードはEUC-JPで統一していたのだが、最近はSublime Textで編集することが多くなり、Sublime Textは基本的にUTF-8のテキストしか扱えない、プラグインで他の文字コードも扱えるがやや面倒なことがある、という問題がった。そこで、今でも編集することが多い、政治情報ドキュメント(http://politics.free-active.com/document/)のhtmlファイルはUTF-8に変換することにした。
けっこう面倒くさいかと思ったが意外とそうでもなくて、まず、Repl-AceというWindowsのアプリケーションを使って文字コードを一括変換して、Sublime Textを使ってhtmlファイル内のcharsetをUTF-8に一括置換して、一部の文字を文字参照で書いていたので、それを普通に書くようにして、終了。最後の作業はこのサイト独自の作業なので、文字コード変換という点では、2ステップで完了した。
私が管理しているサイトを全部UTF-8にしたほうがいいのかもしれないが、放置状態になっているのも多々あるし、そこまではしなくていいかなとは思っている。必要に応じて、ということで。
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今日から東武東上線のダイヤが変わっている。私が乗る時間帯の列車をピックアップしてみると、
(変更前)
普通:志木7:23→池袋7:58(35分)
通急:志木7:29→池袋7:51(22分)
普通:志木7:29→池袋8:03(34分)
準急:志木7:33→池袋7:55(22分)
急行:志木7:35→池袋8:00(25分)
通急:志木7:41→池袋8:06(25分)
(変更後)
普通:志木7:21→池袋7:59(38分)
通急:志木7:26→池袋7:51(25分)
普通:志木7:27→池袋8:03(36分)
準急:志木7:31→池袋7:55(24分)
急行:志木7:34→池袋8:00(26分)
通急:志木7:41→池袋8:06(25分)
要するにだいたい遅くなっている。
もっとも、現状の朝の東上線はこの時間帯は概ね2、3分は遅れている。これがダイヤ通りになるというのが今回のダイヤ変更の狙いらしいので、これで正時で走るようになれば狙いどおりということになる。ただ、遅れの原因の主たるものは混雑なわけだが、今回のダイヤ変更で輸送力が増えるわけではない。混雑の平準化という効果はあるかもしれないが、遅くなって更に遅れるという可能性もある。また、副都心線ができたときに、東上線池袋駅まで行く列車を減らして、その分優等列車が若干スピードアップをしており、そのときスピードアップという点を強調していたわけだが、それが元の木阿弥になった感はある。
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イスラーム国にとられた日本人の人質についての話題で持ちきりだが、やはり、この手の話題について軽々しく言及するのは難しい。日本人の感覚とイスラーム国の人の感覚はやはり違う。ここで日本人の感覚を持って事を語ってもしょうがないことだと思う。
安倍首相の中東訪問のタイミングでこういう事件が起きたというのは、やはりイスラーム国側は日本人の人質をキープしておいて、絶好のタイミングでアクションを起こしたということなのだろう。はっきり言って誰が首相でも起きることは起きるし、解決できないものは解決できないのであろうが、安倍首相が「主張する外交」のようなものを標榜するのであれば、その結果起きたことに対する批判は受け入れなければならないだろうし、批判を受け入れた上で更に主張していく覚悟が必要なのだと思う。
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「私は埼玉ブロンコスがホームゲームで勝つまで、アントニオ猪木のモノマネをしながら昼ご飯を食べることをやめません」。そう宣言した男性が麺をすすりながら、猪木さんの顔やしぐさをまねて「コノヤロー」などとつぶやく。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/saitama/20150119/CK2015011902000131.html
この人は一生アントニオ猪木のモノマネをしなければならないのではないか、というほど埼玉ブロンコスは勝てない。今シーズンは1勝27敗。ホームでは0勝である。あまりに負け続けると、かつての地方競走馬ハルウララのように話題になるものだが、今のところそれほど話題になってもいない。埼玉ブロンコスの存在自体知っている人も少ないのではないか。
一応、書いておくと埼玉ブロンコスはプロバスケットボールリーグ、bjリーグのチームである。長野県だと信州ブレイブウォリアーズの存在感は少しだが、ある。ただ、埼玉県において埼玉ブロンコスの存在感はほとんどない。やはり野球かサッカーになる。発祥の地である所沢市だと多少は存在感があるのかもしれないが、なんといってもかの地は西武王国である。わりとスポーツ空白地の東上線沿線を本拠地にしたほうがいいのではないかと思うくらいだ。
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http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150117/t10014752481000.html
今日で阪神・淡路大震災から20年が経ったということで。
1995年といえば、私は大学受験の年だった。私は当時北海道に住んでいて、西日本の大学は受験しなかったので影響はなかったが、私の大学の同輩では、大学受験の移動で迂回を余儀なくされたという人がいた。また、当時は父親が奈良県に住んでいて、大きな被害には見舞われなかったが、家族が多少の影響を受けていることは確かである。
当時は関西では大きな地震は起きないのではとも言われていたのだが、そういう定説が覆された。当たり前だと思っていることも当たり前ではないということだ。出来事というのは月日が経つにつれ風化してくのは仕方がないことである。ただ、そこから得た教訓は残していかなくてはならない。
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今日はまずプチ路線バスの旅。下呂から濃飛バスに乗って加子母に行く。私ともう一人若い女性が乗客。もう一人は下呂市の端で降りていった。加子母からは北恵那交通のバスに乗って中津川へ。こちらはそこそこ乗客がいたが、若い客が多かった。経由する下付知は廃線となった北恵那鉄道線の終点があったところ。付知の街は街中からは外れた場所にある。
中津川から恵那まで移動して明知鉄道に乗る。のべで20人くらいは乗客がいた。ただ、恵那から明智まで50分というのは時間がかかるなというのが正直な感想。勾配がわりときつめというのはわかるが。
明智からは東濃バスで瑞浪へ。運賃の上限が500円となっていた。明智と瑞浪を結ぶ、というよりは瑞浪市南部の陶や稲津から瑞浪市中心部へ、という利用が多いようだ。
瑞浪から大曽根に行く。今日はナゴヤドームでSMAPのコンサートがあるということで、大曽根駅は大混乱、かと思ったらそこまでではなかった。ただ、コンサート開演数十分前の時点で、駅の女子トイレに長い行列ができていた。最後に並んでいる人は開演に間に合わなさそうである。大曽根で降りたのは徳川園に行くためである。冬ということで季節外れな感はあったが、入園客は少なくなかった。なかなか立派な庭である。その後、鶴舞まで行き、矢場とん本店まで歩いていく。私が行ったときはちょうど席が空いていてスムーズに入店できた。それでも休日ということもあるだろうが、食事時を外しても待つことになることが多そうである。その後大須界隈を歩いて名古屋駅に行って、新幹線で帰京。
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昨日は安曇川に泊まった。中江藤樹の生まれた町だそうである。
安曇川から近江今津まで行く。列車は空いていると思ったのだが、けっこう長い編成でかなり混んでいた。しかも近江今津で降りていく人が多い。スノーボードを持っている人がけっこういたが、その人たちがバス乗り場でこぞって並んでいく。私もここからバスに乗ることになっていて、まさか同じバスに乗るのではと思っていたが、彼らはスキー場に行くバス、私は小浜に行くバス、ということで目的地が違ってよかった。小浜行きがスキー場を経由するということを危惧していたのだが、そういうことはなかった。それにしてもあちらのバスは一台で乗り切れたのか謎である。
小浜行きのバスに乗って熊川宿まで行く。最近ちょっと有名になっていて気になっていた。古い街並みが並んでいる。持ち時間40分だったが、資料館まで行ったのでちょっと駆け足になった。知らなかったが熊川葛というのがあるらしい。このあたりは宇陀松山と同じだなと思った。時間はまだ早めであったが、数組程度の観光客がいた。
近江今津に戻って、近江塩津、米原、岐阜と進み、下呂まで行く。今日は下呂温泉に泊まる。下呂温泉といっても関東の人間としてはあまりなじみがなくて名前がアレというくらいの認識であったが、特急列車では大半の人が降りた。かなり大規模な温泉街で、かなり賑わっている。温泉街にありがちなもうつぶれた大きいホテルも目立ってない。足湯も何ヶ所かあるのだが、どこにも人がいて、けっこう混んでいた。既に宿の泉にも入ったが、無色ながらかなり体が温まる泉質であった。
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今日から連休、ならどこかに行くだろう?
ということで、東海道新幹線に乗る。東山道中、と銘打ったのに違わず、東海道をすっ飛ばして、東山道の近江国、米原にて下車。米原は雪が降っていた。
米原からは近江鉄道に乗る。1デイスマイルチケット(820円)を購入。米原から高宮で乗り換えて、武佐まで行く。八日市から近江八幡に向かう乗客が多かった。武佐では20分くらいで武佐宿をちらっと見る。武佐から引き返して八日市から今度は貴生川方面に向かう。
貴生川からは1年以上災害のため不通になり、去年の12月に復旧したばかりの信楽高原鐵道に乗る。1両編成の列車が、鉄道好きのような客が多かったが、乗客はなからいた。貴生川から信楽まで20分ちょっと。貴生川駅はJRの間借りで信楽高原鐵道の券売機もないのだが、信楽駅は駅員がいる立派な駅だった。
信楽駅前の店で陶板焼きを食べて、信楽の町を歩く。さすがに陶器の町、町中にタヌキの置物、登り窯もある。こういう特徴がある町が、独立した町ではなく甲賀市の一部というのは残念な感じもする。
信楽から貴生川に戻って、草津、山科と行って、今日は湖西線沿線で泊。
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今年も誕生日がきました。もう38っす。
今年は往年のイチローであれば「変わらなきゃ」であり、往年のオバマであれば「Change」である。そういう変化をすべき一年ではないかと思っている。って、去年もそんなこと書いていた。厳密には変化を迫られる、と書いたのだが、やはり自ら変わっていかなければならないのではないか、とも思っている。
と言いつつ、前半はわりと様子見な感じで終わりそうな見通しである。中盤から後半にかけてが仕掛け時か、それともそうでもなく終わるのか。
他にも今年は何か今までやったことがないようなことをやってみたいと思っている。
最低限の目標は「死なない」で。まあ、基本ですね。これは生まれてからずっと継続している。