Tenty17一覧

青春の終わり

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青春18きっぷ、今冬から自動改札が使える一方、連続した3日間、5日間利用と変更になるとのこと。
さすがに普通列車のみで長距離移動することはもう滅多にしないだろうが、だいたい3000~5000円くらいの普通列車の移動を土日休日に行うような使い方はこれからもしていくつもりであり、今冬も使うつもりであった。連続した日程で使わざるを得ないとなると厳しいものがある。これも世の流れということか。
新青春18きっぷ、1回くらいは使うだろうが、けっこう考えないと元がとれない。だいたいの場合普通に切符を買ったり、他のフリー切符を買ったほうがいい、ってなりそう。


今日の衆院選(241021)

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朝、志木駅南口。日本維新の会渡辺泰之候補が活動をしていた。1人で活動をしていたが、ちょうど誰か関係者かと話しをしていた。
夜、志木駅南口。日本維新の会渡辺泰之候補が、他の数人のスタッフと活動をしていた。スタッフがマイクを使って話をしていて、候補者は配布物を配って活動するスタイルである。


週末日記ー土竜

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昨日は軽く荒川区、台東区あたりを歩いてきた。都電荒川線に乗ったが、まあ混んでいる。広電みたいに2両編成にしたほうがいいのではと思うくらいだ。ぶらり荒川線の旅、みたいな余裕はない。とりあえず明確な用事がない限りはもう乗らなさそう。夕方からは雨が降った。
今日は新潟県まで行ってきた。大宮から在来線で越後湯沢まで行く臨時特急谷川岳もぐら号に乗る。5両編成全車指定席。1人で2席使えるが、ガラガラではないという感じの混雑度だった。上越線の普通列車が遅れていた関係で途中まで遅れていたが、最終的には定時運行になる。だいぶ余裕があるダイヤになっている。土合では30分停車し、その間に地下ホームから地上に上がってまだ下るというイベントが発生する。もっともやりたくない人はやらなくてもいい、が、大部分の人がやっていた。30分はけっこう余裕がない感じだ。湯檜曽、土合で降りる人もわりといた。
越後湯沢からは普通列車で長岡まで行く。2両編成だったがだいぶ空いていた。18きっぷシーズン外はこんなものか。長岡から新潟行きに乗り換え、4両編成でこちらはだいぶ客がいた。ただ一駅北長岡で降りる。北長岡からバスに乗って与板に行く。与板は一応観光的要素がある場所だと思ったのだが、観光客っぽい人はいなかった。ただ、かつては与板藩の藩庁があり、それなりの風格を備えた町であることはわかった。
長岡に戻り、へぎそばとタレカツ丼を食べて、新幹線で帰る。


今日の衆院選(241018)

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朝、志木駅南口。金曜日ということで日本共産党の小野市議、黒田市議に加え工藤薫候補が活動をしていた。また工藤候補に並んで高邑朋矢市議も活動をしていた。高邑市議は自分の活動ともいえるが、選挙区に立候補している中では工藤候補がいちばん近いということで支援するかたちで共に活動をしていたと考えられる。


吉田初三郎式鳥瞰図「石崎汽船航路遊覧名所案内圖繪」

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https://iiif.nichibun.ac.jp/YSD/detail/002239457.html
石崎汽船は現在は広島と松山を結ぶ船を運航しているが、この図が作製された当時は尾道と松山を結ぶ船も運航しており、これが東京・大阪と松山を結ぶ最短ルートと紹介されている。どちらにせよ四国へは船に乗らないと来られない時代である。尾道便が、宮浦(大三島)、木江(大崎上島)、御手洗(大崎下島)、高浜、三津浜と寄港し、広島便は吉浦、鯛、音戸(倉橋島)、高浜、三津浜と寄港している。
石崎汽船が松山の会社ということで図では松山の記載が詳細になっている。1965年に廃止となった伊予鉄道森松線も描かれている。予讃線は松山までの開業となっている。それより先に伊予鉄道郡中線が開業している。高知までの道路に乗合自動車の絵が多数描かれている。当時は高知の鉄道は県内で完結していたので、乗合自動車が県外に出る主要な手段だったのだろう。また、大三島の扱いが大きい。大山祇神社などかなりの巨大神社になっている。


秋の西日本の旅 4日目

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高松から宇野まで船で行きたかったのだが、今やその航路は廃止…、ということで、直島経由で行くことにする。高松から直島行きの第一便高速船に乗る。わりと観光客などが乗っていた。直島では一時間ほど時間があったので港のまわりを歩く。直島からは宇野行きのフェリーに乗る。こちらもけっこう利用者がいたが、なんせ定員500人の大型船ということでだいぶ余裕があった。新しくコンセントもついている。折り返し直島行きの船になるが、多くの人が待っていた。
宇野に少し寄って、茶屋町、岡山、相生と乗り換えて網干まで行く。宇野線も2両編成が1時間に1本のみ走っている状況だが、外国人観光客も増えているのでもう少し輸送力を増やさないとニッポンしょぽいという評価になりかねない。
網干からバスに乗って龍野に行く。2時間ほど時間をとったがけっこう駆け足なところもあった。バスで姫路に出て、姫路から新幹線で帰る。当然だが新幹線は混んでいた。この時間は山手線の本数が少なく、品川で乗り換えた方が早そうだったので品川から山手線、埼京線で池袋まで行き、小走りで乗り換え東上線の急行で志木に帰る。


秋の西日本の旅 3日目

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今日はまずホテルから歩いて糸碕神社に行き、そこからバスで三原に行き、三原港から瀬戸田に行く船に乗る。8:35発だが、34分に瀬戸田から来た船が折り返すという無理があるダイヤで数分遅れた。船が小さいということもあるが、満員に近い状態であった。
瀬戸田では耕三寺に行く。2013年に行こうと思ったが朝早すぎて行けなかった、ということがあって、11年越しの訪問となる。船に乗っている時点で予感はあったが、まあ人が多い。入場料1400円だが、ばんばん人が入っていく。寺自体は伝統的な仏閣とは違う雰囲気である。金剛館という別館が重要文化財や企画展で戦国武将が所持していた茶器が展示されており資料的な価値が高いものが展示されていたが、こちらはほとんど人がいなかった。そこ込みなら1400円は高くないと言えるか。
瀬戸田は自転車を漕いでいる人が多かった。外国人も多い。瀬戸田港からバスで多々羅大橋の近くに行く。バスの客は私ともう一人地元の客だけだった。多々羅大橋もサイクリストが多くいる。そこから瀬戸田PAまで歩いて行けて、そこから今治行きのバスに乗って今治まで行った。辛うじて隣に誰もいない席が空いていた。
今治もサイクリストが多くいた。しかしバスは座っていれば目的地に着く。バス最高。今治では今治城に行ったり、焼豚玉子飯を食べたりした。
今治から高松まで特急列車で移動し、今日は高松に泊まる。


秋の西日本の旅 2日目

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昨日は玉造グランドホテル長生閣というホテルに泊まった。インターネット予約でのプランで12000円台だったが、最近の相場からするとお値打ちといういうべきだろう。朝食バイキングも料理がいろいろあり、つい食べすぎる。帰りは玉造温泉駅まで送迎してもらうが、朝1便の客は私だけだった。
玉造温泉駅から特急列車に乗って浜田まで行く。外国人乗客もわりといたが、出雲市で降りていった。混んでもおらず、空いてもおらずというくらいの客数だった。特急でも時間がかかるようだが、実際に乗ってみると速い。忙しない感じもした。
浜田の街を歩く。浜田城まで登った。浜田で昼飯を食べる予定だったが、朝の過食でお腹が減っておらず昼は食べず。
浜田から広島行きのバスに乗る。広島までの途中で降りる人はおらず、乗る人はぼちぼちと行った感じだが、それほどは混まず。
今日は糸崎に泊まる。広島から在来線で行ってもいいかと思ったが、今日は西条で酒まつりが行われることを知り新幹線に乗る。広島駅構内の店でお好み焼きを食べながら新幹線の時間を調べたら三原に停まるのが1時間に1本しかなく、わりとすぐに出るということで、急ぎめでお好み焼きを食べてビールを飲んで、切符を買って新幹線乗り場に行く。車両は8両編成で自由席が3両ということでわりと混んでいた。三原から普通列車に乗り換えるが、酒まつり帰りっぽい客で混んでいた。糸崎で皆が岡山行きに乗り換える中、私は糸崎で下車。


秋の西日本の旅 1日目

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今日は仕事を休んで、四連休として西日本に出かける。
7時5分発羽田空港発の飛行機に乗るために始発で行ったのだが、まあ列車が混んでいる。モノレールなどは通勤列車なみだった。今日から連休だったっけ?という状態である。飛行機も混んでいた。出雲空港に飛ぶ。
出雲空港からは松江行きのバスに乗る。松江行きと出雲市行きのバスがあるが、出雲市行きのほうが人気があるようだった。バスの券売機は行列ができていたが、松江行きのバスはまだ券売機に並んでいる人がいるのに早めに発車した。続行便を出すのだろうか。バスの車内は空いていた。ずっと一般道で行くのかと思ったら高速道路に乗った。JR松江駅で降りる人が多く、松江しんじ湖温泉まで行くのは私ともう1人だけだった。松江では松江城周辺を歩く。
今日は玉造温泉で泊まる。松江市内から玉造温泉まで一畑バスに乗っていく。松江から玉造まで通しで乗る人はあまりいなかったが、部分的に乗る人はけっこういた。


今日の衆院選(241009)

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朝、志木駅南口。参政党の川村能央市議が一人で活動をしていた。参政党は選挙区には候補を擁立する予定はないが、比例区は候補を擁立する予定となっている。党の広報ということになるだろう。
夜、志木駅南口。参政党の川村市議ともう一人女性のスタッフで活動をしていた。