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4月12日、兼ねてから噂されていた、石原慎太郎東京都知事を代表とする新党「石原新党」が5月末に結成で最終調整に入った、という記事が出された。しかし、同日に当の石原都知事が石原新党構想を白紙に戻すと発表。その数日後には、東京都が尖閣諸島を購入することを発表。石原都知事をめぐる興味が石原新党構想から尖閣諸島購入に移った感がある。
石原新党結成の記事によると、「当初もくろんでいた30人程度から20人を下回る可能性もある。」とある。もともとは、国民新党(8人;4月1日時点)+たちあがれ日本(5人)+新党きづな(9人)+民主党を離党して無所属になった人+α、くらいの構成で結成するつもりだったのだろう。しかし、国民新党が消費税増税に端を発して二分してしまった。これは、国民新党として連立政権に残るか、石原新党に合流するかの路線対決にもなったわけだが、結局、亀井静香代表、亀井亜紀子氏が国民新党を離党することになった。亀井静香氏の強気な姿勢の背景には、石原新党という次の手があったからということが推測できる。石原新党構想をはやく形にしたい亀井氏サイドが流した「5月末結成」情報、というのは邪推ではあるが、そういう報道に対して真っ向から否定して火を消した石原都知事は東京都知事を長くやっているだけのことはある。
(別の話だが、尖閣諸島購入の募金についても、募金額という数字で支持を可視化するのはうまいやり方だと思う。)
あと、20人くらいで構成するとなると、数の上からどうしても新党きづなが断トツで第一勢力となってしまう。なってしまうのは失礼な感じもするが、石原都知事としてはあまり好ましくない状況ではあろう。
石原新党構想の前には、平沼新党構想というのがあった。2005年に郵政民営化に反対して自民党と袂を分かつことになった平沼赳夫氏、他の郵政民営化反対の人たちが翻意して自民党に帰っていく中、自身は自民党には帰らず筋を通した政治家であると評価される。やがて保守支持層が「平沼新党」を期待するようになる。2009年の衆院選では無所属ながら「平沼グループ」として平沼麾下を鮮明にした立候補者が多数立候補し、二名が当選した。平沼氏とその二名で衆議院内に会派を作る。それを基盤とした「平沼新党」への期待は高まったが、結局、与謝野馨氏らと所属国会議員数5人である「たちあがれ日本」を結成。何年も期待させたわりには期待外れに終わった感もあった。その後、与謝野氏はたちあがれ日本を離れている。そういうこともあって、もう平沼ではダメだ、石原だ、ということになって石原新党への期待が高まっているのだろうが、その期待通りに事を運ぶのは簡単ではないだろう。いずれにせよ一度しかチャンスしかないわけで、拙速を避けて一旦新党構想を白紙にした石原都知事の判断は正しいと言えよう。