吉田初三郎式鳥瞰図「撫養町」

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吉田初三郎の弟子の城下豊栄による作図。作製年は「昭和拾壹年七月拾八日由良要塞司令部檢閲済」とあるので1936年頃になるだろう。鳴門海峡周辺に鳴門要塞が作られ1903年にそれが由良要塞と合併している。鳴門海峡付近は当時は鳴門村でこの図にも鳴門海峡のあたりはメインではないのでかなり省略して描かれているが、それでも軍関係の検閲が必要だったのであろう。
省線撫養駅という記載があり、これは今のJR鳴門線鳴門駅で、鳴門線が国有化されたのが1933年である。蛭子前駅が現在の撫養駅である。今では撫養中心部から鳴門海峡のほうに車で普通に行けるが、その要である小鳴門橋が開通したのが1961年なので当時は橋が架かっていない。そういうわけで船が交通の主体になる。渡船は現在でも残っている。また大阪から淡路島を経由して高松に通ずる船便が撫養に寄港している。本州から来るのであれば船を使わざるをえない時代である。
当時は塩田が多数あり図に描かれているが、1972年に鳴門から塩田がなくなっている。