吉田初三郎式鳥瞰図「鳴門」

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鳴門というタイトルになっているが、実際は淡路鉄道が発行した、淡路島の図となっている。1934年に作製されたものである。ただ、現在でこそ鳴門は徳島県の市の名前というイメージが強いが、元々は徳島県、兵庫県の間にある鳴門海峡が鳴門であり、兵庫県の福良あたりも鳴門に包括されているのが当時の感覚だったのかもしれない。福良側には「淡路遊園地」という施設があるが、インターネットでは詳細が調べられなかった。実際はちょっとした臨海公園のような施設だったのかもしれない。
淡路鉄道は1922年に洲本口から市村まで開業。その後1925年までには洲本から福良まで全線開通している。1943年に淡路交通に社名が変更。1966年には廃止となった。
当時は本州へも四国へも架橋されていない時代である。洲本からは大阪、神戸、淡輪、福良からは鳴門公園、撫養に航路が伸びている。市村駅の近くには競馬場がある。競馬が開催されたのはのべで4年くらいの短い期間だが、その後も練習競馬場としての役割を果たしていたという。