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年度末旅行 2日目

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今日はまず高知から兵庫宝塚まで高速バスに乗った。予約をしたときはだいぶ空席があったのだが、実際は満席だった。順調に進み、有馬温泉に寄らないなどあったからか、定刻よりも早く宝塚インターに到着。
宝塚、池田と回る。池田は主に小林一三記念館に行った。阪急電鉄の古い資料が展示されていた。池田からは箕面に移動して、バスで箕面萱野駅に行く。今月に延伸された北大阪急行に乗る。箕面萱野は地上駅だが、すぐに地下に入り、千里中央まではあっという間だ。箕面萱野駅のまわりにはキューズモールがあり、賑わっていた。
箕面萱野からの列車を新大阪で降りて、あとは新幹線で帰るだけである。新大阪駅は劇混みだった。新幹線も混んでいた。東京から丸ノ内線、東上線で帰宅。


年度末旅行 1日目

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今日から二日間旅に出かける。安い航空券を売り出していたとき、チェックしてみたら高知便が空いていたので予約した。
羽田空港から高知空港まで飛行機に乗る。前日に隣が空いている窓側の席があったのでそこに席移動した。果たして、隣は空いていた。ただほぼ満席である。古い機体で機内にコンセントがないのは計算外であった。バスに乗って飛行機に乗るパターンだったのだが、そのバスが遅れたとかで20分ほど遅れる。高知空港から市内に移動する。高知駅前観光、とさでん交通の二社が運行しているがわりと協調していて、早めに出た高知駅前観光のバスに乗って、空いていた。遅めの客はとさでん交通のバスが拾うのだろう。
高知、伊野と移動して、須崎まで行く。須崎は駅ができて100周年ということで駅前でイベントをしていた。初夏のような気温だったのだがせっかくだが鍋焼きラーメンでも食べてみようかと思ったら、時間はずれなのに鍋焼きラーメンの店は待つ人がいるくらい混んでいた。そうなるとまあいいやとなった。
須崎まではJRで来たので、帰りはバスで帰ろうとする。以前は須崎から高知までバスが直通していたのだが今は高岡で乗り換えないといけなくなっている。以前、檮原から朝倉まで乗ったことがある。檮原からだと須崎、高岡で乗り換える必要があるが、普通は須崎からJRに乗るだろう。須崎から高岡まで乗ったのは私だけだった。んー、ここもまずいんでないか。高岡から高知は、高岡中心部の時点では乗客は私だけだったが、こちらは高知中心部に近づくにつれ客が増えていった。
高知もなかなか来れない、というかもう生涯で一二度しかこなさそうなので、夕餉は鰹、うつぼ、ぶり大根などを存分にいただく。


緊急新潟旅行

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今日は緊急で新潟に行ってきた。何が緊急だと思われるかもしれないが、私がやっている日本の街に行くで椎谷が対象となっており、椎谷というのは今は柏崎市で江戸時代には椎谷藩の陣屋があった場所なのだが、今となっては鄙びており交通の便もあまりよくない。それが今月末で椎谷から出雲崎まで行くバスが廃止となりダイヤが変わることで更に椎谷に行きにくくなる、ということでそれを知ったのが今月半ばなので、本当に緊急なのである。なんとか仕事を休んで今日きた。
日帰りなので当然ながら行きも帰りも長岡まで上越新幹線である。まず柏崎に移動するが、長岡からバスで柏崎に行くことにした。わりと乗客も多く、長岡から柏崎まで通しで乗る人もいた。柏崎の街を歩く。柏崎は第一次府県統合の直後では柏崎県の県庁があった場所である。
柏崎からまず椎谷行きのバスに乗る。椎谷まではバスは残るが本数は減る。柏崎駅から乗ったのは4人だが、途中からの乗車も若干あり。椎谷まで乗った人もいた。椎谷では椎谷藩の陣屋跡などを見る。1万石とはいえ堀家がほぼ江戸時代を通して守ってきた場所である。今でも椎谷に堀氏の末裔が残っている模様。商店もない椎谷であるが、サウナがあった。半裸の男が外気浴をしに外に出ていた。このあたりはおおらかなところが残っている。
椎谷から出雲崎行きのバスに乗る。ここからが廃止される区間となる。先客は4人いた。それぞれ、大崎、石地、出雲崎で降りていった。学生が休みの期間ではあるが、客はいるわけである。来月からは「にしやま・いずもさき通勤通学ライナー」なる代替交通が走るようで、出雲崎町の広報に案内はあった。一応誰でも乗れるとあるが、バスというよりはジャンボタクシーくらいのキャパのようである。やはりバスが残っているうちに来たかった。
出雲崎からは長岡に戻る。出雲崎の時点では乗客は私だけだったが、長岡市に入って乗る人が多かった。帰りの新幹線では「TRAIN DESK」というワーク&スタディ優先車両を乗ってみた。予約をした時点では空いていたのが、実際はわりと混んでいた。出張帰りは酒を飲んでいる人もいて、有名無実化されている感がある。このブログは車両内であらかた書いた。
天気予報で雨が降らないことを確認していって、実際は現地は曇りで雨は降らなかったが、志木に帰ったら雨が降っていた。一応、折りたたみ傘は持ってきていた。


三遠の旅 3日目

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今日はまず浜松城に行った。天守閣など8時半に開くのだが、開いてすぐでもけっこう人がいた。浜松城、人気がある。その後、神社等寄りつつ八幡駅に移動。八幡から遠州鉄道に乗る。思いの外客がいた。浜北で降りる人が多かった。西鹿島から遠州鉄道で天竜二俣に行き、天竜浜名湖鉄道に乗り換え、天竜二俣からバスでららぽーと磐田に行く。フードコートがたいへん混んでいた。バスの混みはほどほどと言ったところか。
磐田では旧赤松邸、旧見付学校、神社などを見て街を歩いた。浜松は文化的な街だとは思うが、磐田も文化的な街である。文化とは関係なく途中で雨が降ってきた。
浜松に戻って新幹線で帰る。今回はぷらっとこだまを使った。その前に浜松駅ビルの店で飲み、ぷらっとこだま特典でワンドリンクがついているので、ビールをもらって飲み。浜松の時点では空いていたが、熱海で隣に人が乗ってきた。東京に着き、山手線、東上線で帰宅。


三遠の旅 2日目

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今日の午前中は新城の町を歩く。桜淵公園は知名度は低いがわりと名勝だった。人も若干いたが、もっと観光地化してもよさそうな場所ではある。古い施設がわりとあったので、昔はもっと賑わっていたのかもしれない。新城城跡は新城の名前の由来にもなっている場所であるが、案内板のようなものもなく、どこから入るのかわからない状態であった。
新城から豊川、豊橋と寄って浜松まで移動する。豊橋からの東海道線は3両編成だったがそこまで混まず。浜松では楽器博物館を見学してイオンモール浜松市野に行く。無印のやつだが、ここにハンバーグのさわやかがあり、30分待ちだというので、受付をして待っている間に買い物をする。実際、受付から30分くらいで入れたら、注文から料理がくるまで30分弱くらいかかる。そして、入る頃には1時間待ち、出る頃には2時間待ちになっていた。30分待ちくらいだったらまあいいかと思ったが、1時間、2時間待ちだとさすがにどうかと思う。そこまで待って食べるものではないだろう、と。
今日は浜松に泊。


三遠の旅 1日目

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今日は休暇をとって旅に出る。
新幹線に乗るために東京駅まで出る。5時13分に志木を出発。東上線、山手線ともに通勤時や土曜日朝よりも空いている。ひかりに乗って豊橋まで行く。新幹線もそれほど混んでいなかった。もっとも、小田原でけっこう人が乗ってきた。隣席は空いていた。
豊橋から飯田線に乗り換えて東栄まで行く。そういえば18きっぷのシーズンで、それっぽい客もわりといた。東栄で降りて豊根村営バスに乗って豊根村まで行く。このバスが平日のみの運行なのである。東栄駅で列車を降りたのは2人だけで、もう1人はバスには乗らなかったが、駅からバスに乗った人が4人いて、途中から乗ってくる人もいた。ただ、皆が東栄町内で降りていった。東栄町は市街や施設が固まっておらず広がってあるという印象。豊根村まで行ったのは私だけだったが、なんとバスが故障したようで代車に乗り換えることになった。遅れて着いたがGoogle mapでは10時からやっていることになっているレストランが11時半からだったので早く着いても待ちぼうけ時間が長くなるだけだった。行ってみないとわからないものである。
豊根村から津具、田口経由で長篠まで行く。津具、田口に行くバスは客は私だけだった。田口からのバスは一般の豊鉄バスでさすがに他の客もいた。長篠城前で降りて長篠城跡に寄る。その後、バスで道の駅に移動する。道の駅は人が多い。
今日は新城に泊。


濃尾の旅 3日目

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今日は雨だった。予定では午前中は一宮を歩くつもりだったのだが、雨では辛いので真清田神社にだけ行った。尾張国一宮で一宮が一宮たる所以である。雨ではあるが参拝客はいて、地域の信仰を集めていることを感じた。
その後、玉ノ井まで往復してみる。わりと乗客はいた。名古屋市内での用事を済ませたあと、栄から中部国際空港行きのバスに乗った。中部国際空港開業時は名古屋駅からバスが出ていたが、今は名古屋駅からは出ておらず栄から2時間に1本出ている。飛行機に乗るわけではなく完全に趣味の乗車だ。混雑したら避けようかと思ったが、けっこう客はいるものの1人2席が使える状態であった。さすがに空港は混んでいた。帰りの列車もわりと混んでいた。
あとは新幹線で帰るのみである。満席だった。山手線で帰ろうかと思ったのだが、なんと山手線が人身事故で運転見合わせ。丸ノ内線、東上線で帰る。


濃尾の旅 2日目

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今日はまず太多線に乗って可児に寄って、岐阜まで行く。岐阜で鶏焼肉の昼ごはんを食べて、駅近くの展望スペースに上った。その後穂積まで行き、バスで北方に寄って岐阜に戻って、名鉄で羽島に行って羽島の街を歩いた。羽島というか竹鼻か。羽島は羽栗郡と中島郡が合わさった名前である。竹鼻は元々羽栗郡である。資料館はわりと展示内容が充実していた。映画資料館ともなっておりなんで映画かと思ったら、元々この場所に映画館があったことによる。各地で使っていた映画の機材が集められていた。あと竹鼻別院、佐吉大仏などが竹鼻の名所となる。
今日は岐阜羽島駅前で泊。


濃尾の旅 1日目

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今日から三連休、去年の11月にインフルエンザになってキャンセルになった旅とほぼ同じ旅程で旅をする。
今回は新宿から中央本線特急に乗る。当然のごとく満席。ただ、甲府で降りる人が多かった。なんだかんだで15分遅れて塩尻に到着。これが、中央線、篠ノ井線の普通列車の遅れに波及し、中央西線の遅れに波及し、新幹線の遅れにも波及するということになる。
塩尻は雪だった。広丘駅から徒歩25分の場所に行き、帰りは塩尻駅まで40分歩く。道は雪がないのでまだよかった。
塩尻からは中央西線特急に乗って多治見まで行く。こちらも混んでいた。6両編成ということもあるだろうが。中央西線特急に乗るのは久しぶりである。木曽は雪景色であった。
今日は多治見に泊まる。ホテルに荷物を置いて虎渓山永保寺に行く。あまり知らなかったのだが多治見の名所ということで行ってみた。国宝薬師堂の存在感に感銘した。知らない場所でもいい場所はまだあるものである。参拝者もいたがそれほど人はおらずゆっくり見ることができた。最初はレンタサイクルを借りるつもりもあったのだが雨っぽかったので歩いて行くことにする。結果的に雨は降らなかったが、永保寺から虎渓公園に行く参道は自転車で行ったのでは通れなかったので、結果的にはよかった。その後多治見の街を歩く。多治見は土岐川北岸が可児郡豊岡町、南岸が土岐郡多治見町で、本当の多治見は土岐川南岸であるが、多治見駅があるのが北岸でそちらの方が中心になっている感がある。本当の方にも行ったが、いかにも旧市街で賑わいもほどほどであった。
今夜はホテルでもらった1杯無料のサービス券が使える飲み屋で飲み食いし、ホテルでも1杯サービスということで多治見というか笠原の酒である三千盛を飲んだ。1杯と言ってもグラスに1杯なのでけっこう量がある。なみなみ注いでもよかったが、ほどほどにしておいた。まわりはビールを飲んでいる人が多かった。


紀州半島三連休 3日目

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今日は主に南海加太線に乗った。2両編成、30分間隔というのは頑張っていると言えるか。最初に乗った電車はおそらく友ヶ島に行く人が多数乗っていた。最後に駆け足ながら加太の町を歩く。ちょっとした観光地だ。その前に和歌山城にも行ったりした。こちらはわりと観光地で、朝早くてもけっこう人がいた。
JR和歌山駅に戻り、大阪に行く。紀州路快速を大阪まで乗り通し。思ったよりは混まなかった。大阪は本当に人が多い。中央口の券売機は大行列だった。阪神百貨店のいか焼きも大行列である。帰りの乗車券を買う必要があったのだが、北新地駅の自動販売機で並ばずに買い、早めの夕食も17:00ラストオーダーのしゃぶしゃぶのNew KOBEで食べる。私の知る限り一人しゃぶしゃぶの店は東京にはないし、大阪ならではある。
大阪から新大阪までは初乗車のおおさか東線に乗った。大阪の時点でもわりと乗客がいて半分くらいは新大阪で降りた。あとは新幹線で帰るだけだ。混んでいたが、なぜか私の隣はずっと空いていた。東京から山手線、東上線で帰宅。